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鍼灸鷄肋ブログ

鍼灸に関する内容や日々の出来事を紹介します。世田谷区祖師谷「鍼灸指圧自然堂」から発信しています。

白隠展に行ってきた

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2013年2月24日(日)まで渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムにて白隠展が開催されている。白隠慧鶴(1685-1768)は「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」と称えられる江戸中期に活躍した臨済宗の禅僧である。また、多くのユニークな書画を残していることでも知られている。今展では大作を中心に全国から集められた100点あまりの作品が展示されている。禅画の多くは画賛形式で釈迦や達磨・菩薩・布袋などの仏教的なモチーフにとどまらず、擬人的・風刺的な内容のものまで幅広い。また、墨蹟の作品も豪放磊落であり、地獄も極楽も表裏一体とする境地の「南無地獄大菩薩」や一字を大きく書した一群の作品も見ごたえがある。「徳」「慈」「常」「孝」「死」「観」などの文字が選ばれているが、井上有一の「貧」「花」「月」「山」などと比べて想像してみるのも楽しい。

仕事柄、白隠禅師といえば「内観法」や「軟酥の法」が思い出される。厳しい修行により「禅病」に罹った白隠が山中で白幽子という仙人に出会い、秘法を伝授され病が癒えるというものである。今で言うところのイメージ法や自律神経訓練法に近い方法と思われる。昨日「夜船閑話」を探したのだが、本棚の隙間という隙間に本が詰まっているので探すのを断念した…。よって、引用は割愛。

学生の頃、鎌倉円覚寺の座禅会に時々参加していた。白隠禅師の坐禅和讃は毎回読経していたが、改めて読んでみると奥が深い。年を経て悟ることもありますな。

衆生本来仏なり 水と氷の如くにて
水を離れて氷なく 衆生の外に仏なし
衆生近きを知らずして 遠く求むるはかなさよ
たとえば水の中に居て 渇を叫ぶが如くなり
長者の家の子となりて 貧里に迷うに異ならず
六趣輪廻の因縁は 己が愚痴の闇路なり
闇路に闇路を踏そえて いつか生死を離るべき

夜船閑話・薮柑子 (禅の古典 (10))

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