鍼灸鷄肋ブログ

鍼灸に関する内容や日々の出来事を紹介します。世田谷区祖師谷「鍼灸指圧自然堂」から発信しています。

鍼灸抜萃に学ぶ その十二 「痃癖」(げんぺき)

痃癖の論治

先ずは、「鍼灸抜萃」の記載を見てみよう。

肩のいたむことは、気血のつかえたるゆえなり。鍼を刺すの大事、このところにきはまるぞ。ここに行うときは、先(まず)手にて、肩を押しひにり撫でくだし、気を開かせてのち、鍼をさすべし。深きときはあやまちあり。みだりにさすときはかならず人をころす。よく鍼の道にいたる人は、これを刺すには、鍼をふして皮肉のあひたをとおす。すこしも肉をささず。予が肩背に刺鍼は、砭鍼を管に入て、はじき下し、皮をやぶりて、気血をぬく。その効すみやかなり。気血をぬきようは、鍼をさしたるあとを又管にて押すべし。しかるときは、かならず血出て、邪気さるぞ。上古には石のとがりをもつて、痛痺(しびる)る所を刺し、脉をやぶり邪をさるとみえたり。霊枢に砭石をもつて、膿血を出(いだす)とあり。今肩背に刺す、鍼は岐伯砭鍼の儀なり。

「鍼灸抜萃」の論治の記載の多くは古典からの引用があり、最後に配穴が列記されているが、この段は他と記載の方法が異なっている。そして、内容がより実践的である。ここでの要点は2つある。

  • 肩背の刺鍼は水平刺(横刺)で行う。
  • 肩背の皮膚刺絡を施す。

肩井や膏肓付近は刺鍼で注意する部位であるが、水平刺であれば肺を傷つけることもなく安全である。また、経絡や経穴(つぼ)という解釈ではなく、気血の滞りを面的に捉えて皮膚刺絡を施していると考えることもできる。

次に「鍼灸重宝記」の記載も参考までに比較しておこう。

肩の痛むこと、或は痰により或は風寒湿によるといへども、多くは気血つかえたるゆえなり。此処に刺(さす)こと秘伝あり。まづ手にて肩を押(おし)ひねり、撫くだし、気を開かせて後に刺すべし。深きときはあやまちあり。若しみだりに刺すときは人を害す。これを刺(さす)には鍼をふして皮肉の間をとをすべし。少しも肉を刺すことなかれ。肩背には撚鍼を用(もちゆ)べからず。砭鍼をもちゆべし。管に入(いれ)てはぢき下し、皮をやぶりて気血をぬく、その効速なり。鍼を刺たるあとを又管にて推すべし。かならず血出て邪気さるなり。上古には石の尖(とがり)にて痛(いたみ)痺(しびる)る所を刺(はりさ)し、脉をやぶり邪をさる。鍼経に砭石をもって膿血を出(いだ)すとあり。

 ここでは、痰・風寒湿が痃癖の病因であるとしている。また、上記と同じく水平刺と砭鍼を用いるとの記載がある。

「解説 鍼灸重宝記」(医道の日本社)の説明によると「…これは局所的には欝している気血を瀉すことになるが、標治的の刺法である。」とある。標治と本治は、相対的なものであるので、これを局所的な標治といってしまうのはどうであろうか。漢方では「先表後裏」「先急後緩」という考え方もある。若い人や体力があれば、欝滞を取り除けば、自然に快復することも多い。この欝滞だけをみれば標治かもしれないが、全体を見れば結果、本治ということができる。山の山頂を目指すという目的は一緒でも、そのルート・アプローチの違いということもできよう。

また、見方を変えれば肩背の凝りや瘀血を取り除くことは、単に痛みを止めるだけではなく、循環障害を改善し、生命力(自然治癒力)を活性化させる全体治療ということもできるのではないだろか。

痃癖とは

話が前後したが、痃癖について確認しておこう。「漢方用語大辞典」には、2つの意味が載っている。

  1. 一般に臍腹部あるいは脇肋部に瘕塊があるものの総称。痃は臍両旁がすじばり盛りあがっていることの形容である。癖は両脇の間にかくれた積塊をさし、普段は按じても見つからないが、痛む時に按ずると物があるのがわかる。その病因は、飲食の不摂生・脾胃の損傷・寒痰の結聚・気血の欝血である。
  2. 俗にうちかたといい、肩項の強急すること。拳でたたくと気持ちがよいので、打肩という。又は、肩の内に発するので内肩という。

2の内容は、「病名彙解」からの引用であるが、不思議なことに1の説明は載っていない。

江戸期、1712年ごろに出版された「和漢三才図絵」の按摩導引の解説では「思うに、身体の経絡を按摩し、痃癖(すじのつるの)を擦って元に戻す術は保養の一つである。」とある。「和漢三才図絵」はいわゆる百科事典の様なものであり、編集者の寺島良安は大阪の医師である。関西方面では肩の凝りや肩胛骨周辺を「けんびき」という表現をすることがあるが、関東ではあまりこのような言い方はしない。また、地方によっては風邪や口内炎などの症状も呼ぶらしい。

中国伝統医学の「痃癖」の意味は上記の1の内容である。このように肩こりの症状を痃癖と呼ぶのは、日本的な言い方なのではないだろうか。なぜ、意味が変化したのか。その経緯や使い方の区別があるのかどうか…。

※すでに、調査している人がいるかもしれないので、分かり次第補足訂正します。