鍼灸鷄肋ブログ

鍼灸に関する内容や日々の出来事を紹介します。世田谷区祖師谷「鍼灸指圧自然堂」から発信しています。

鉄斎流「按腹獨稽古」を読んで考えた(1/X)

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最近の手技療法は百花繚乱というか、玉石混淆の様相を呈しており面白いことになっている。毎年のように新しい理論やテクニックが紹介されるが、よくよく考えてみるとその多くはすでに学んだ療法の中にも共通する要素を見ることができる。

手技療法の歴史は紀元前まで遡ることができる。手を以て行う方法については現在までさまざまなことが試され研究されている。しかし、その術については人から人へ受け継がれるため失伝しているもあり、また、言語化しにくいこともあってか、古典的資料・文献は多くはない。

江戸期の資料にしても鍼灸や湯液に比べて頗る少ないのである。

  • 「按腹伝」内海辰之進(1791)
  • 「按腹獨稽古」浪華一愚子(1793)
  • 「按摩手引」藤林良伯(1800)
  • 「按腹図解」太田晋斎(1827)

「按腹獨稽古」は70ページばかりの小冊子である。鉄斎から伝授された按蹻術を内海辰之進が記録してまとめたとされる。鉄斎は延享時代の人で、名を喜多という。鉄斎とは男のようであるが、婦人(老婆)である。父は陳子元という唐人、母は遊女とある。

鉄板を作り布を其上に覆ひ静に是を摩(なづ)れは一月にして指の形付く、しかれども布は一向摸ずる事なきとぞ。見た人は皆其術の神妙なるをかんず。此鉄板に指の形付く妙あるを以て鉄斎と号するなり。さて此老婆豪気猛強なる事男子だも及ばず。或は此術を学ばんと乞ふ人あれば、我術を学はんとならば、其腕力を堅めむとて木刀をあたへて其庭前の松樹を数々三年の間敲(たた)かしめ腕力かたまり後其術を伝授す。変を以て且つ三年の修業遂る人稀なり。しかるに日向の国内海辰之進という人厚志鉄心にして此術を伝へ得て細に筆記したるなり。

※引用文は一部不明なくずし字もあるので参考までに

指の力について

「此鉄板に指の形付く妙あるを以て鉄斎と号するなり。」

鉄板に跡がつくかどうかは分からないが、布をずらさずにその下の鉄板に圧を及ぼすには指の力が必要になる。実際の臨床では筋膜リリースのようなテクニックに通じるのではないだろうか。

指の力は鍼を刺す時にも大変重要である。最近のディスポ鍼などは刺入するのに力を必要としないが、太い鍼や中国鍼を使う鍼灸師の母指球は発達しているであろう。母指球を触ればその技量がわかるかもしれない。

あるテレビ番組で伝統工芸の職人が、手が語るといっていた。職人の手は長年の作業で指が変形したり、タコができたりしているものである。よく通うやきとり屋の主人の手にも硬い串タコができていた。恐るべし~。

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※鍼は金の30番

修行について

「三年の間敲(たた)かしめ腕力かたまり後其術を伝授す。」

これを読んで思いだしたことがある。20年近く前になるが、とある温泉街でマッサージのアルバイトをした時に老按摩(マッサージ)師が次のような話をしてくれた。

若い頃、按摩の派遣所のような所に入門すると、まず大広間にある火鉢をひたすら押す日々が続いたという。そして、今度は仕事から帰ってきた先輩たちをマッサージするのだという。なかなかOKがでないので、夜遅くまで何時間も指が痛くなるまで押していたと言っていた。一人前として現場に出るまでに2年の歳月を費やしたとのことである。

今では考えられないが、日本の伝統的な他分野でもこのような光景はさほど珍しいものではなかったのではないだろうか。技は見て盗めと言われていた時代である。