鍼灸鷄肋ブログ

鍼灸に関する内容や日々の出来事を紹介します。世田谷区祖師谷「鍼灸指圧自然堂」から発信しています。

「職人歌合」に見る医師(くすし)と針磨(はりすり)


【目次】


「職人歌合」とは

「職人歌合」は中世に流行した歌会や連歌会にならって、さまざまな職人や職能民が左右に分かれ、番(つがい)となって和歌の優越を競いあう形式で構成されています。現在、4種5作品が知られています。

  • 「東北院職人歌合絵巻(5番本・12番本)」(1214年)
  • 「鶴岡放生会職人歌合」(1261年頃)
  • 「三十二番職人歌合絵巻」(1494年頃)
  • 「七十一番職人歌合」(1500年頃)

内容もさることながら、和歌だけでなく姿絵も描かれていますので、当時の職人の置かれている状況や習俗、衣服や持ち物などを知る上でも参考になります。以前、江戸期の医師は剃髪が一般的で、古方派は総髪をしていたとブログを書きましたが、中世の医師は烏帽子を被るのが主流であったようです。

zhenjiu.hatenablog.com

 

残念ながら、「職人歌合」の中に針師は登場しませんが、針磨(はりすり)なる職人が描かれています。

「東北院職人歌合」 の医師(くすし)と陰陽師(おんみょうじ)

1214年、九月十三日に京都の東北院で催された念仏会の歌会に習って「東北院職人歌合」は作られたとされています。歌題は月と恋になります。

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 左 医師(くすし)

「むら雲のかかれる月のくすりにはよはの嵐ぞなるべかりける」

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 左 

「君故に心とつけるやせ病あはぬつきめに灸治してみん」

医師と陰陽師が番になっているのが興味深いところではありますが、この当時の典薬寮には医師だけでなく針師や按摩、呪禁師なども置かれていました。処方箋を書いて薬研で薬を調合している様子が上の図からわかります。

医師や陰陽師が恋の歌を詠んでいるのも不思議な感じがしますね。「七十一番職人歌合」では「あはれ我恋の病ぞ薬なきうき名ばかりをたち物にして」と記載されています。この時代から、恋の病につける薬はないという認識があったのでしょうか。思い焦がれて灸で焦がすってところでしょうか、、。

「七十一番職人歌合」 の針磨(はりすり)

「東北院職人歌合」、「鶴岡放生会歌合」、「三十二番職人歌合」と時代を経るごとに職人の人数も増えており、「七十一番職人歌合」には71番、142職種の職人姿絵と画中詞が記載されています。奥書等から判断して、絵は土佐光信、詞書は東坊城和長、画中詞は三条西実隆ではないかといわれています。

歌題は月と恋になります。伝本や写本は幾つもあるようですが「群書類従」から下図は拝借しました。

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針磨は裁縫用の針や鍼術の針も作っていたようです。「こはりはみずが大事に候」とあります。みずとは針孔のことらしいです。図のような手動の火起こし器に似た器具で穴を開けていたのでしょうか。

「月をみは猶ものへりや針かねの長きよとてもいやはねらるる」とありますので、たいへん骨の折れる作業であったことが伺えます。

以前、中国の針製作工場の様子を拝見したことがありましたが、まさに女工哀史のような世界した。AI化が進むと無くなる仕事が増えると時々話題なりますが、「七十一番職人歌合」に出てくる職人は何をする人なのか分からないものも少なくありません。

 

 【参考資料】

職人歌合 (平凡社ライブラリー)

職人歌合 (平凡社ライブラリー)

 

 ※仮名読みは参考までに、専門ではないので間違っているかもしれません、、。