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鍼灸鷄肋ブログ

鍼灸に関する内容や日々の出来事を紹介します。世田谷区祖師谷「鍼灸指圧自然堂」から発信しています。

特別展「医は仁術」が国立科学博物館にて開催中

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特別展「医は仁術」が3月15日(土)~6月15日(日)まで、上野の国立科学博物館にて開催されている。

特別展 医は仁術|主催 国立科学博物館・TBS・朝日新聞社

「医の原点は江戸にあった」ということで、江戸期から現代までの医学の変遷を概観できる。展示内容は5つのパートに分けられている。

  • 第一章 病は、いつの時代も、身分の貴賎なく、人々を襲う。
  • 第二章 東から西から ~医術の伝来
  • 第三章 医は仁術 ~和魂漢才・和魂洋才の医
  • 第四章 近代医学と仁
  • 第五章 現代の医

鍼灸関連では鍼灸道具や銅人形、経絡図、和本等が展示されていた。その多くはトヨタコレクションや和田コレクションの所蔵品である。和本の展示は比較的多く、傷寒論黄帝内経・医心方・難経などの古典から、江戸期の「鍼灸傳」岡本一抱・「灸穴早合点」・「按摩手引」藤林良伯・「十四経絡発揮和解」岡本一抱・「脉のいろは口伝」廣田祐右丞・「救民妙薬」などがあった。

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徳川光圀は藩医穂積甫庵に命じ一般大衆向けに「救民妙薬」を1693年出版した。その内容は身近に手に入るもので行うことができる養生法や治療法、飲食について書かれている。迷信的なものも多々あり。(※館内は撮影禁止であるのでこれは私物)→フラッシュをたかなければ、撮影はOKらしい。

養生法では貝原益軒の「養生訓」が有名ではあるが、杉田玄白の養生不可は現在でも堪え得る内容である。いいこと書いてあります。。

「養生不可」(1801年)

杉田玄白が、古希前年69歳の時に子孫のために養生の七不を書き記したもの。

  1. 後悔しない
  2. 先のことを思ひ煩わない
  3. 暴飲暴食をしない
  4. 得体の知れないものを食べない
  5. みだりに薬を飲まない
  6. 房事を過ごさない
  7. 身体を動かして楽をしない

の七つの養生法である。(会場内説明文より引用)

 

【感想】

貴重な資料があるものの展示品や陳列法から「仁術」がイメージされるかというと些か微妙である。会場の最後に放映されている鉄拳氏のパラパラ漫画シアター「受け継がれる仁」が本テーマの趣旨により近いかもしれない。数分間の映像であるが、目頭を押さえている人も少なくなかった。それはまた、おそらく多くの人が「医は仁術」という言葉に対して抱いているイメージなのであろう。

しかし、はたして江戸時代にこのような仁術的な医療が行われていたのかどうかは疑問が残る。安藤優一郎著『江戸の養生所』では「仁術」のモデルのような小石川養生所の別の側面について言及されている。

『養生訓』など、養生文化隆盛のなかで生まれた小石川養生所。テレビドラマや小説では、献身的に患者と向き合う医師の姿が描かれる。しかし、約百五十年に わたる活動記録を丹念にたどると、それとは程遠い実態が浮かび上がる。投薬をしぶる医師たち。患者からあの手この手で金を巻き上げる看病人。所内で堂々と 営まれる博打や高利貸し…。赤ひげ先生はどこにいたのか?幕府を悩ませ続けた看護・介護問題の困難さは現代医学が抱える諸問題に通底する。気鋭の江戸町史 研究家が斬り込む、お江戸の病院事情。内容(「BOOK」データベースより)

医療倫理について記載されている古い文献には、今回の展示でも紹介されていた鍼博士である丹波康頼の『医心方』(982年)がある。

「大医の病いを治するや、必ずまさに神を安んじ志しを定め、欲することなく、求むることなく、先に大慈惻隠の心を發し、含霊の疾を普救せんことを誓願すべし」

「仁」は儒家の道徳観念であり、いつくしみや他者への思いやりのことである。「医は仁術」といわれるようになった背景には、腐敗した状況に対する提言ということがあったのかもしれない。

 

江戸の養生所 (PHP新書)

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