鍼灸鷄肋ブログ

鍼灸に関する内容や日々の出来事を紹介します。世田谷区祖師谷「鍼灸指圧自然堂」から発信しています。

絞扼性イレウスで緊急入院の巻(下)

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大蘇(月岡)芳年の浮世絵「見立多以盡」の「おしてもら(い)たい」には次のような添え書きがある。

茅場町の隠士 転々堂主人録

積(つのる)といふ字が癪の根拠と古き俚謡(はうた)にあらねども。酒宴の仕舞をお積といひ。酌と癪とは音通ずれば。贔屓に招きまねかるる。座舗(ざしき)の数のつもりては。酌の手先を引(ひき)よせつ。暖めすぎて熱くなる。癇の加減も狐疑(まわりぎ)から。銚子のくるふ對酌(ささごと)に。昵話(ちは)が増長(かうじ)ていつとなく。欝悶(じれったい)よの青っきり。手酌は癪のいよいよ害あり。

この時代、現代のような検査法もないので、腹部の痛みを総称して癪とか疝気と呼んでいた。癪とはさまざまな病によって胸部・上腹部におこる疝痛(さしこみ)の総称である。 胃痛や胆石症、虫垂炎心筋梗塞、腸閉塞など、軽いものから重篤な疾患まで含まれていたようである。

一方、疝気は腰腹部の疼痛の総称で、大腸・小腸・生殖器などの下腹部の病気で、発作的に激痛が反復するような状態を指すようである。また、癪は女性、疝気は男性の病をいうこともある。

単純性イレウスの誘発原因としては、癒着や腹膜炎、腫瘍、寄生虫、胆石などがある。衛生状況のよくない時代には、回虫や条虫、寄生虫などを持っていた人も少なくなかったようである。これらの虫によって疝痛を起したり、さまざまな症状を引き起こしたとも考えられる。食餌性や寄生虫などを原因とするものは江戸期であっても治ることがあったかもしれない。

癒着性イレウスは腸閉塞の内で最も発症頻度が高いが、単純性イレウスであれば、絶食・輸液・イレウス管などの保存療法で8割が寛解するとある。しかし、絞扼性イレウスは緊急手術の適応であるので、手術法が確立されていなかった時代には、今であれば救われたであろう命も、なすすべもなく失われてしまったことであろう。

張仁著『急病の鍼灸治療』(緑書房)には、急性腸閉塞についての記載がある。

初期で軽症の患者に対しては鍼灸だけで治療できる。
一般的に鍼灸は、力学的腸閉塞に対する鎮痛効果に優れ、鎮痛効果の持続時間も長い。
機械的腸閉塞にも一定の効果はあるものの、効果は持続しない。

【治療】

主穴:中脘・大横・天枢・足三里
配穴:合谷・内庭

【治療評価】

刺針を主として、その他の漢方薬現代医学を併用して320例を治療したところ、治癒率は75%~98.3%であった。

この内容をどう理解するかである。本に記載されていることが必ずしも正しいとは限らないので、医療者としてはきちんと判断できることは重要である。突っ込みどころは多々あるが、現代医療を受けることができない地域では、病状によっては一定の効果が期待できるのかもしれない。生憎、筆者の場合は機械的腸閉塞の絞扼性イレウスであったので、受診が遅ければ腸が壊死を起こした可能性もあった。CTを見ると小腸も腫れており、腹水も溜まっていたのであるから。。

 

辞典を引いてみると|鍼灸(はりきゅう)の記載内容について

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昨今、ネットで短時間に検索ができるので、辞書や事典を引く機会が少なくなった。例えば、鍼灸(はりきゅう)について知りたいと思ったら、紙媒体よりもウィキペディアの方がかなり詳細に説明がされている。

先日、約20年ぶりに『医学大辞典』(南山堂)を購入したので、古いものと比較をしてみた。以前のものは1990年17版であり、新しいものは2015年20版である。単純計算で25年の時間が経過しているが、残念ながら「鍼灸治療(しんきゅうちりょう)」の内容はほぼ同じであった。新版では追加項目として「鍼」と「灸」についての簡単な説明が記載されている。

東洋(主として中国)で約2000年前に開発された物理療法の一種。体表はもとより身体の内部に生じた病変(苦痛、変調)を体壁に生ずる。こり(硬結)、痛み(圧痛)、冷え、やつれといった異常反応としてとらえ、これらの反応の分布などを通して病気の状態を認識し、体壁(皮膚、皮下組織、筋肉、靱帯など)に物理的なエネルギーを与えたり(補)、奪ったり(瀉)することによって引き起こされる生体の反応力を治療に応用している。治療手段としては、針(鍼)acupuncture[毫針、皮内針、接触針]、灸 moxibustion [直接灸、間接灸]、灸頭針、瀉血、按摩などがある。最近では針を刺してそれに低周波を流して刺激する方法も重用されている。機能的なレベルの疾患にその適応が多く、なかでも痛みを伴う疾患(筋骨格系の運動器疾患、頭痛など)に奏功することが多い。不定愁訴症候群をはじめとして西洋医学が対応に苦慮する病態あるいは病気の予防(未病を治す)への応用が期待されている。

主として中国とあるが、中国以外はどこを指すのだろうか。華佗ペルシャ系との意見もあるが。文献的には約2500年、日本に伝わって1500年でしょうか。

上記内容には経絡や経穴、気血についての記載は一切なく、物理療法として紹介されている。ここでの物理的なエネルギーとは何をさしているのであろうか。補瀉については虚実寒熱など陰陽論が根本にあるので、唐突に出てくると却って分かりにくい。お灸による熱エネルギーや瀉血を意味しているのであろうか。いっそのことこの部分をカットして、自律神経や体性内臓反射、ポリモーダル受容器、トリガーポイント、ファシアリリースなどで説明した方が分かりやすいと思われる。

西洋で行われていた瀉血は、鍼灸医学のものとは目的や方法が異なるので誤解を避けるために「刺絡」としていただきたい。また、按摩は鍼灸の項目には入らないであろう。

次に「鍼」と「灸」についての記載を見てみよう。

【鍼(はり)】

直径0.2mmほどの細い金属針を皮膚の一定の場所に刺して刺激を加える。主に筋肉や関節の痛みなどに効果を示すほか、自律神経に働きかけて体のバランスを整えたり、免疫力を高める効果も期待されている。

【灸(きゅう)】

 皮膚の一定の場所にモグサ(ヨモギの葉を加工して灸に用いるもの)を直接あるいは間接的に置いて燃やし、熱の刺激によって症状の治療を行おうとする療法。慢性化した痛みや冷え、体調の改善によいとされる。

 ついでに、『広辞苑』(1998年、第5版)の記載内容も見ておこう。

【針(はり)】

②(「鍼」と書く)㋐鍼術に用いる医療用具。形は留針に似て金・銀鉄・石などで造る。古くは針状のもの以外にメス状・へら状のものも使われた。㋑鍼術の別称。

【灸(きゅう)】

漢方療法の一。もぐさを肌の局部、経穴・灸穴にのせてこれに火を点じて焼き、その熱気によって病を治療すること。やいと。灸治。灸術。

こちらも、温度差があるというか、時代を感じさせる内容となっている。現在、一般的に使用されている鍼の材質はステンレスである。石は砭石であるので鍼とはルーツが別かもしれない。古代の鍼としたら骨や竹などであろうか。また、鉄の鍼は折鍼の恐れがある。昭和のはじめ頃までは使用されていたのであろうか。また、メス状・へら状の鍼具も日常使用しているので、「古くは…」の記述はどうなんでしょう。

灸は熱気で治療とはこれ如何に。謎である。。

今年は世界鍼灸学会連合会学術大会(WFAS)が11月につくばで開催される予定である。日本の鍼灸を世界に発信する好機でもあると同時に、日本においても、鍼灸(はりきゅう)の良さがさらに認知されることを期待したい。


WFAS Tokyo/Tsukuba 2016 世界鍼灸学会 東京/つくば